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東京地方裁判所 昭和27年(刑わ)2963号 判決

被告人 高橋清松 外二名

主文

被告人仲田貞次を罰金三万円に処する。

同被告人において右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

本件公訴事実中、各商法違反並びに公正証書原本不実記載・同行使の点について、被告人三名はいずれも無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人仲田貞次は昭和十五年に計理士、同十九年に税理士、同二十六年九月に司法書士の各登録を受け、東京都中央区日本橋茅場町三丁目十二番地に事務所を設けて計理士、税理士及び司法書士の各業務に従事していたところから、株式会社設立登記申請手続等の業務にも従事していたものであるが、自己が登記申請代理人として株式会社の設立増資その他の商業登記手続を行なつていた同区日本橋兜町二丁目四十番地所在東京法務局日本橋出張所の幹部に贈賄しようと企て、いずれも右出張所内において、

(一)  昭和二十四年十月二十六日東京法務局日本橋出張所の登記事務取扱官吏の指定を受け、同二十七年七月三十日頃まで同出張所長として株式会社の設立、増資その他の登記事務に関し、所員を指揮して商業登記に関する事務を掌理していた伊藤長造に対し、自己が登記申請代理人として、右出張所に申請した株式会社の設立、増資その他の商業登記事務に関して便宜な取扱を受けた謝礼並びに将来も同様の取扱を受けたい趣旨で、

(1)  昭和二十五年十二月下旬現金二千円を、

(2)  同二十六年七月上旬現金三千円を、

(3)  同年十二月下旬現金三千円を、

それぞれ中元又は歳暮名義で各供与し、以て伊藤の右職務に関して贈賄し、又

(4)  同二十七年七月上旬現金三千円を中元名義で提供し、

以て伊藤の右職務に関して賄賂供与の申込をなし、

(二)  昭和二十四年十月二十六日東京法務局日本橋出張所の登記事務取扱官吏の指定を受け、同二十六年八月一日まで同出張所において第三部又は第二部係長として、株式会社の設立、増資その他商業登記事務を掌理していた渡部政明に対し、前同趣旨で

(1)  昭和二十五年十二月下旬現金千円を、

(2)  同二十六年七月上旬現金千円を、

それぞれ中元又は歳暮名義で各供与し、以て渡部の右職務に関して贈賄し、

(三)  昭和二十四年十月二十六日東京法務局日本橋出張所に法務府事務官として勤務し、同二十六年八月一日同出張所の登記事務取扱官吏の指定を受け、同二十七年五月一日まで同出張所において第三係の調査係、受付主任又は第三部係長として、株式会社の設立、増資その他の商業登記に関する事務を掌理していた玉井岩甫に対し、前同趣旨で

(1)  昭和二十五年十二月下旬現金二千円を、

(2)  同二十六年七月上旬現金二千円を、

(3)  同年十二月下旬現金二千円を、

それぞれ中元又は歳暮名義で各供与し、以て玉井の右職務に関して贈賄し、

(四)  昭和二十四年十月二十六日東京法務局日本橋出張所の登記事務取扱官吏の指定を受け、同二十七年三月三十一日まで同出張所において第二部又は第一部係長として、株式会社の設立、増資その他の商業登記事務を掌理していた重久国男に対し、前同趣旨で

(1)  昭和二十五年十二月下旬現金二千円を、

(2)  同二十六年七月上旬現金二千円を、

(3)  同年十二月下旬現金三千円を、

それぞれ中元又は歳暮名義で各供与し、以て重久の右職務に関して贈賄し、

たものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人等の主張に対する判断)

被告人仲田貞次並びに同被告人の弁護人は、判示各金員の供与は社交上の儀礼として行なわれたもので賄賂の認識を欠きその犯意がないから、犯罪を構成しないと主張するので、案ずるに、前記証人伊藤長造及び重久国男の各供述記載を綜合すれば、当時東京法務局日本橋出張所においては、盆、暮等に同出張所構内の司法書士から、一人当り千円ないし二千円位、合計して二、三万円位の金員の寄附を受けこれを所員全体の忘年会や運動会等の費用に充てる慣習があつたことがうかがわれるが、被告人仲田が供与した判示各金員は、その金額が毎回一人当り千円ないし三千円、合計して五千円ないし八千円であつて、前記司法書士がしていた寄附に比して、その金額が相当に高額であり、盆暮の儀礼的な贈答としてはややその範囲を越えているものと認められるばかりでなく、右金員は、仮に現実には所員の慰労会の費用等に使われたとしても、もともといずれも各個人に供与せられたものであり、且つ、前記鈴木信次郎作成の「東京法務局日本橋出張所職員の職務権限に関する件」と題する書面によれば、被告人仲田が昭和二十六年十月頃、当時の東京法務局長鈴木信次郎に対し、計理士が一般の司法書士に比して、各法務局出張所のいわゆる登記官吏特に前記重久国男からまま子扱を受けているとして抗議をしていることが明らかであり、又前掲各証拠によれば、被告人仲田並びにその相手方は右各金員が賄賂性を有していることにつき充分な認識を有していたことが明らかであり、その授受の時期からみて、中元ないし歳暮の趣旨を含んでいたとしても、なお全体として賄賂性を有していたものといわざるをえないから、弁護人等の主張は採用しない。

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人仲田貞次の判示所為は各刑法第百九十八条、罰金等臨時措置法第二条、第三条第一項第一号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十八条第二項により各罪につき定められた罰金額を合算した金額の範囲内で、同被告人を罰金三万円に処し、右罰金を完納することができないときは同法第十八条により金五百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

(無罪を言い渡すべき事実並びにその理由)

本件公訴事実中

第一(一)  被告人仲田貞次は、昭和二十四年十月頃中原幸一、木村隆太郎を介して北海道セメント株式会社発起人代表高橋日出男、同発起人峰忠治等より、右会社の設立に関し株式総数四十万株に対する株式引受人高橋日出男外三十八名の株金払込につき、総額二千万円の仮装一括払込による右会社の設立登記申請手続取扱の依頼を受け当時株式会社七十七銀行東京支店次長であつた被告人高橋清松に依頼してこれを敢行せんとして、右発起人等と計つた上同年十月二十六日頃東京都中央区日本橋茅場町一丁目十四番地所在の右銀行において被告人高橋に対し北海道セメント株式会社設立登記申請書及び添附書類と同年十月二十六日仲田貞次振出株式会社大和銀行日本橋支店宛金額千九百八十八万円の小切手、同日同人振出株式会社七十七銀行東京支店宛金額三万円の小切手各一通と現金九万円合計二千万円を提出して、北海道セメント株式会社の株式払込を取り扱われたい旨並びに右会社の設立登記手続を行うため仮装の払込による保管証明書の発行を依頼し、被告人高橋は右依頼に応じ右二千万円の払込は右会社の設立登記申請書添附の保管証明書の発行を求めるための仮装の払込であることを知悉しながらこれを承諾し、ここに被告人仲田、同高橋の両名は右仮装払込による右会社の設立登記申請を行い、その旨登記簿の原本に不実の記載をなさしめてこれを備え付けさせることを企て、

(1) 被告人仲田は右中原、木村、高橋、峰等と共謀の上、同年十月二十六日頃右銀行において真実右北海道セメント株式会社の株金として株式引受人のために払込を行う意思がないのに、前叙のとおり小切手及び現金を以て合計二千万円の仮装の一括払込を行い、以て預合をなし、

(2) 被告人高橋は右銀行支店次長として支店長を補佐し同支店の業務一切を鞅掌中、同銀行の業務に関し前記日時場所において被告人仲田から前叙のような依頼を受けてこれを承諾し、同日右銀行において同日付金二千万円の株式払込に関する保管証明書を仮装の払込であることを知悉しながら発行し、以て右銀行の業務に関し預合に応じ、

(3) 被告人仲田、同高橋は、右中原、木村、高橋、峰等と共謀の上、同日同区日本橋兜町二丁目四十番地所在東京法務局日本橋出張所において、同所係員に対し右会社の株式払込は前叙の如く仮装の払込であるのにかかわらずこれを秘し、右会社の株式総数は四十万株、一株の金額五十円、株式引受人高橋日出男外三十八名による払込が同日完了した旨不実の株式会社設立登記申請をなし、同所係員をしてその旨商業登記簿の原本に不実の記載をなさしめて、即日同所にこれを備え付けさせて行使したほか、

(二)  被告人仲田、同高橋は、右第一と同様な手段を以て、別紙第一一覧表記載の如く、昭和二十四年六月十七日頃より同二十五年五月十二日頃までの間、前後九回にわたり、光自動車交通株式会社外八株式会社の発起人又は取締役その他と共謀の上、右株式会社七十七銀行東京支店において仮装の払込による預合をなした上、設立又は増資に関する不実の登記申請をなし、前記東京法務局日本橋出張所係員をして、その旨商業登記簿の原本に不実の記載をなさしめて即日同所にこれを備え付け行使し、

第二(一)  被告人鳥海泰弘は、昭和二十五年八月頃英光産業株式会社発起人鈴木勝より右会社の設立に関し、株式総数二万株に対する仮装一括払込による設立登記手続取扱の依頼を受け、自己並びに被告人仲田の仮装払込による保管証明書を入手した上不実の設立登記手続をなすことを企て、この旨被告人仲田に諮り、被告人仲田も亦これに応じ仮装払込並びに不実の登記手続をなすことを引き受けた上この旨被告人高橋に諮り、被告人高橋は仮装の払込に応ずることにより被告人仲田において不実の登記申請手続をなすことを知悉しながらこれを承諾したるにより、

(1) 被告人鳥海、同仲田は右鈴木勝と共謀の上、東京都千代田区九段一丁目三番地株式会社協和銀行九段支店において、同店に対して昭和二十五年八月十五日頃右会社株式一万株に対する払込金として五十万円の仮装払込を行つて預合をなして保管証明書を入手した上、被告人仲田にこれを交付し、被告人仲田はこれに応じ残り一万株に対する仮装の払込として昭和二十五年八月十六日頃、前記株式会社七十七銀行東京支店において、被告人高橋に対し右会社の設立登記申請書及び附属書類と右銀行宛小切手を提出して、金五十万円の株金の払込を取り扱われたい旨を依頼して右金額の仮装払込をなして預合をなし、

(2) 被告人高橋は、右依頼が仮装の払込による設立登記申請をなすものであることを知悉しながらこれに応じて保管証明書を発行し、以て右英光産業株式会社の株式払込に関する預合に応じ、

(3) 被告人仲田、同高橋、同鳥海は右鈴木と共謀の上、同日同区日本橋兜町二丁目四十番地東京法務局日本橋出張所において、同所係員に対し右会社の株式払込は前叙の如く仮装の払込であるにもかかわらずこれを秘し、右会社の株式総数二万株、一株の金額五十円、資本の総額百万円、株式引受人鈴木勝外七名による株金の払込が同日完了した旨不実の株式会社設立登記申請をなし、同所係員をしてその旨商業登記簿の原本に不実の記載をなさしめて、翌八月十七日頃同所にこれを備え付け行使したほか、

(二)  被告人鳥海、同仲田、同高橋は、右第二と同様の手段を以て、別紙第二一覧表記載の如く、昭和二十五年四月二十七日頃より同年六月二十八日頃までの間前後五回にわたり、理研鍛造株式会社外四株式会社の発起人その他と共謀の上、右株式会社七十七銀行東京支店等において仮装の払込による預合をなした上、設立に関する不実の登記申請をなし、前記東京法務局日本橋出張所係員をしてその旨商業登記簿の原本に不実の記載をなさしめて、即日同所にこれを備え付け行使し、

第三(一)  被告人鳥海泰弘は、昭和二十六年一月頃一心タクシー株式会社発起人代表渡辺渡、同発起人豊田汝信等より右会社の設立に関し、株式総数十万株に対する株式引受人渡辺渡外十六名の仮装一括払込による設立登記手続取扱の依頼を受け、自己並びに被告人仲田の仮装払込により保管証明書を入手した上不実の設立手続をなすことを企てこの旨被告人仲田に諮り、被告人仲田も亦之に応じ仮装払込並びに不実の登記手続をなすことを引き受け、ここに被告人鳥海、同仲田の両名は株式の仮装払込による保管証明書の交付を受けた上右会社の設立登記申請を行い、その旨商業登記簿の原本に不実の記載をなさしめてこれを備え付け行使することを右渡辺、豊田等と共謀した上、

(1) 被告人鳥海は昭和二十六年一月二十二日頃前記株式会社協和銀行九段支店において右会社株式一万株に対する払込金として現金五十万円の仮装の払込を行い、被告人仲田は同年一月二十二日頃前記株式会社七十七銀行東京支店において右会社株式一万七千株に対する払込金として金八十五万円、同年一月二十三日同都千代田区大手町二丁目二番地株式会社大和銀行東京支店において右会社株式七万三千株に対する払込金として金三百六十五万円の各仮装の一括払込を行い、以てそれぞれ右会社の株金の払込に関して預合をなした上、

(2) 被告人仲田において同年一月二十三日頃前記東京法務局日本橋出張所において同所係員に対し、右会社の株式払込は前叙の如く仮装の払込であるにもかかわらずこれを秘し、右会社の株式総数十万株、一株の金額五十円、株式引受人渡辺渡外十六名による株金の払込が同日完了した旨不実の株式会社設立登記申請をなし、同所係員をしてその旨商業登記簿の原本に不実の記載をなさしめて、即日同所にこれを備え付け行使したほか、

(二)  被告人鳥海、同仲田は、右第三と同様な手段を以て、別紙第三一覧表記載の如く、昭和二十五年六月八日頃より同二十六年一月二十九日頃までの間前後十四回にわたり、第一相互殖産株式会社外十三株式会社の発起人又は取締役その他と共謀の上、前記株式会社七十七銀行東京支店等において仮装の払込による預合をなした上、設立又は増資に関する不実の登記申請をなし前記東京法務局日本橋出張所係員等をしてその旨商業登記簿の原本に不実の記載をなさしめて、即日同所にこれを備え付け行使し、

第四(一)  被告人鳥海は、昭和二十六年八月頃、東京化成工業株式会社発起人津嘉山珍彰より右会社の設立に関し、株式総数二千五百株に対する仮装一括払込による設立登記手続取扱の依頼を受け、これを承諾し、右津嘉山と共謀の上、同年八月十日東京都千代田区神田神保町一丁目二十一番地株式会社東京銀行神田支店において、同銀行に対し右会社設立登記完了の上は即時株金を払い戻す目的を以て、右会社株式二千五百株に対する仮装払込金として金百二十五万円の払込をなして保管証明書を入手し、以て右会社の株式の払込に関して預合を行つた上、同日前記東京法務局日本橋出張所において同所係員に対し、右会社の株式払込は前叙の如く仮装の払込であるにもかかわらずこれを秘し、右会社の株式総数二千五百株、一株の金額五百円、資本の総額金百二十五万円、株式引受人津嘉山珍彰外九名による株金の払込が同日完了した旨、不実の株式会社設立登記申請をなし、同所係員をしてその旨商業登記簿の原本に不実の記載をなさしめて、翌八月十一日頃同所にこれを備え付け行使したほか、

(二)  被告人鳥海は、右第四と同一の手段を以て、別紙第四一覧表記載の如く、昭和二十五年二月十八日頃より同二十七年五月十九日頃までの間前後七回にわたり、サウザン・トレーデイング株式会社外六株式会社の発起人その他と共謀の上、前記株式会社協和銀行九段支店等において仮装の払込による預合をなした上、設立に関する不実の登記申請をなし、前記東京法務局日本橋出張所係員等をしてその旨商業登記簿の原本に不実の記載をなさしめて、その頃同所にこれを備え付けて行使し、

第五  被告人仲田は右第二又は第四と同様な手段を以て、別紙第五一覧表記載の如く、昭和二十七年一月二十五日頃より同年八月二十七日頃までの間前後四回にわたり、丸登ゴム工業株式会社外三株式会社の発起人又は取締役その他と共謀の上、東京都中央区日本橋兜町三丁目三十番地常磐相互銀行日本橋支店等において仮装の払込による預合をなした上、設立又は増資に関する不実の登記申請をなし、前記東京法務局日本橋出張所係員等をしてその旨商業登記簿の原本に不実の記載をなさしめて、即日同所にこれを備え付け行使し

たという点について判断をする。

先ず被告人等三名の各商法違反の点について考察するに、

商法第四百九十一条に所謂預合とは、株式会社の発起人、取締役、監査役等が払込を取り扱う金融機関の役職員と通謀し若しくは相互にその情を知りながら、真実当該会社の資本とする意思がないのに、単に設立又は増資の登記をするための手段としてその登記完了するまで株金払込を仮装する偽装行為をいうものと解すべきところ、本件にあらわれた一切の証拠によつても、本件公訴事実摘示の各株式会社の発起人又は取締役等が、被告人仲田、同鳥海に対し仮装払込の方法による株式会社の設立又は増資の登記申請を依頼するに当り右の払込を取り扱う金融機関の役職員就中被告人高橋と通謀し若しくは相互にその情を知つていたとの事実を認めることができないから、その余の点につき判断するまでもなく、本件各商法違反罪(預合罪)が成立する余地がないものといわざるを得ない。

次に被告人等三名に対する各公正証書原本不実記載、同行使の点について考察するに、

一  第三十九回及び第四十回各公判調書中被告人等三名の各供述記載

一  被告人等三名の検察官に対する各供述調書

一  公訴事実摘示の各株式会社の発起人又は取締役等の本件公判調書中の各供述記載並びに検察官に対する各供述調書

一  法務事務官伊藤長造、同西林金太郎各作成の捜査関係事項照会回答の件と題する書面の謄本

一  右各株式会社の登記簿謄本

一  押収に係る右各株式会社の設立又は増資の登記申請書類(昭和二八年証第一四七七号の一ないし二〇二はその一部)

を綜合すると、被告人等三名がそれぞれ公訴事実摘示の日に右各株式会社の発起人又は取締役その他と共謀の上、右各会社の株金の払込は仮装のものであるにもかかわらずこれを秘し、前記東京法務局日本橋出張所等において、同所係員に対し右各会社はその株式引受人全員による払込が完了しそれぞれその頃設立又は増資した旨の登記申請をなし、同所係員をして商業登記簿の原本に右各会社の設立又は増資に関する記載をなさしめ、これをその頃同所に備え付けさせたことを認めることができるが、刑法第百五十七条に所謂「虚偽の申立」をして「不実の記載」をなさしめたときは公正証書に記載すべき事項に関しその重要な点について不実の申立をし、これを公正証書の原本に記載させることを謂い、従つて、商業登記簿に記載すべき事項は少くとも法令により記載すべきものと定められた事項であることを要するものと解すべきであり、これを右以外の事項にまで拡張して解釈することは罪刑法定主義の建前から努めてこれを避けなければならないと解すべきところ、株式会社の設立又は増資の登記事項として、商法は同法第百八十八条第二項、第三項、第六十四条、第六十七条において、目的、商号、本店及び支店その他の事項を詳細に列挙して規定しているが、「各株に付払込みたる株金額」の如き事項は昭和二十三年法律第百四十八号による商法の一部改正以後は、これをその登記事項から削除しているから、本件公訴事実摘示の如く株金の払込が仮装のものであることを秘して株式会社の設立又は増資の登記申請をしたとしても、株金の払込済であることが登記事項とされていない以上、かかる払込が有効であるか否かを論ずるまでもなく、公正証書原本不実記載罪を構成するいわれがなく、したがつて亦その行使罪も成立しないものといわなければならない。

よつて、本件公訴事実中、各商法違反、公正証書原本不実記載、同行使の点については、刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をなすべきである。

よつて主文のとおり判決をする。

(裁判官 河本文夫 内藤丈夫 徳松巖)

(別紙第一ないし第五一覧表 略)

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